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しあわせのかけら

おたくとお片づけと手作り

「好き」の形。


「好き」には色んな形があります。
例えば、「好き」の始まりにフォーカスしてみれば、
一目惚れから始まる「好き」、その人のことを知っていくうちにどんどん魅力を理解していくような「好き」、気づいたら気になってて、そのままはまってしまうような「好き」…
本当に様々です。「好き」のきっかけとしてはどれも正解でしょう。







ジャニーズの世界では、
誰かのファンになることを「担当」と呼ぶことがあります。

「担当」にまでしたいと思うような、そういう種類の「好き」は一体どんな形なんだろう。






例えば、現実の恋で言えば(以下、これまで友人等から聞いた話に基づく個人的な考察)、

一目惚れや、
その人のことが気になってる自分に気づいて…
など、きっかけはどうあれ、
その人に心をつかまれて好きになるのを本能的な恋と呼ぶなら、

その人の表情や、言葉や、行動や…それを見ていくうちに、あぁ、いい人だなぁ、この人と居たら幸せだろうなぁ。
と、そういう客観的判断が先に立ち、だんだんとその感情が主観にも入り込んで「好き」へと変わっていくのは、理性的な恋だと言えるのではないでしょうか。


しかし、後者に関しては、この「客観的判断」に基づく「好き」を「恋」につなげられる人とつなげられない人がいると思います。

「この人となら絶対幸せになれるってわかってるのに、わたしの心がついてこない。わたしの心は(本能的な「好き」を覚える)別の人に向いてしまう。」

ドラマや映画、また、現実の友だちの話を聞いていても、こういうことって、結構あると思います。

心を持った高等な動物である人間であっても、所詮動物で、本能には勝てないのでしょうか。

もちろん、安定のみを求めて結婚するという人も実際居ますし、理性の方が本能を凌いでいるという人も居るのでしょう。

結局、ありきたりな結論になりますが、「人それぞれ」と。



現実の話をしましたが、現実とは一線を画するアイドルの世界、ジャニーズの担当制度に話を戻しましょう。
現実と違い、ジャニーズは夢の世界。安定云々など言う必要はないのです。

だからこそ、ジャニーズファンがあるメンバーを「担当」と呼び始めるきっかけ、それは、



ほとんどが「本能」



なんじゃないかと思います。



「うわぁ、いい人なんだ…」
「こんな面があったんだ…」

そんなことは、所詮後付け。

テレビなり、コンサートや舞台の現場なりで、「ビビッ」と雷が落ちたようにひきつけれ、その人のことが頭から離れなくなることを「おちた」と言うことがありますが、
ジャニーズの世界での、メンバーに対する「好き」はここから始まるものがかなり多いのではないでしょうか。
または、「気づいたら気になっていた」という場合も考えられますが、これも本能的な方に属するでしょう。


そして、その「おちちゃった」メンバー、「なんか気になる」メンバーについて、情報を検索する。画像を漁る。動画を見る。雑誌のインタビューや対談を読む。
「うわぁ( ;  ; )、なんて優しいんだろう…」
「ファンのことをこんなに思ってくれる…」
「考え方が男らしくて好き…」

そうやって、その人の「沼」にはまってゆく。



これが数日、数週間(わたしが思うに、長くても2ヶ月かな)、その程度で終わった場合は、いわゆる「dr期(デレ期)」というものでしょう。
簡単に言えば、「マイブーム」のようなもの。

しかし、3ヶ月近く続くようなもの、また、あまりに激しい感情がこみ上げ、涙を流してしまうようなもの、
これはもう、一時的なものではない。



あぁ、この人のことがたまらなく好きだ。




ステージで輝くこの人を、ずっと見ていたい。










そんな思いで満たされた時、
それはもう後戻りできない、
「わたしは○○くんのファン(≒○○担)になります」
ということにつながるのでしょう。


ここで、「○○くんのファン」と「○○担」を、=(イコール)ではなく≒(ニアリーイコール)で呼んだのは、担当の定義にはこれまた色々あって、
「ファンになる」と「担当を名乗る」をわけていたり、担当を1人しか持たない人も居れば複数持つ人も居たりと、「おちて」から、「ファン」になってから、正式に「担当」と呼ぶにはもう一段階必要な人も多いからです。



担当問題に関しては、わたし自身、関西ジャニーズと出会ってからというもの答えの出ない渦の中へと葬り去ってしまいましたので、また形が見えてきた頃に救い上げて取り上げたいと思います。



さて、最後に。
ここまで考察したように、ジャニーズのメンバーを好きになるのはほとんど本能だと思っています。

しかし、
「おちちゃった」メンバーの情報を検索する。画像を漁る。動画を見る。雑誌のインタビューや対談を読む。
「うわぁ( ;  ; )、なんて優しいんだろう…」
「ファンのことをこんなに思ってくれてる」
そうやって、その人の「沼」にはまってゆく。
という、本能から始まるこの順番が、守られない場合。そういう場合が存在することを知りました。


もともと、仕事に対する姿勢やファンへの心遣い、言葉の届け方が、大好きだった。でも、本能的なおちる瞬間がなかったから、担当云々には浮上してこなくて。


でも、その人の言葉に出会うたび、
笑顔を見るたび、

ああ、この人が自担の人たちは幸せだなぁ。
うらやましいなぁ。
自分もなりたいなぁ。

そんな思いが消せなかった。



そしたらある日、ドボン、の瞬間が来た。


こんなパターン。これはある意味「最強」かもしれません。

わたしはこれを最近実体験してしまって。
でもまだ何も答えが出ていないので、ここでは考察のみにとどめておこうと思うのですが。


「恋をはじめまして」の瞬間は様々。
他にも色んな人の意見や体験を聞きたいなぁと思うところです!
結論は何一つ出ていませんが、またなにかあったら追記したいなぁと思います。