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しあわせのかけら

おたくとお片づけと手作り

原点回帰。



1年に1度、もらえるかどうかわからないある場所への切符。



「プラチナチケット」
世間はそう呼ぶ。


この切符を手にするのは本当に難しい。










今や国民的アイドルと呼ばれるようになったジャニーズの大人気グループ「嵐」
その切符とは、彼らのコンサートに入るためのチケット。




例えFC会員というパスポートも持っていても、その切符が手に入る保証は無い。そんなものは切符を取るための応募権、もはや持っていないと応募する権利が無いといった程度のもの。

ファンの間で人気のある彼らの曲「Love Situation」にちなんで、ファンの間ではその切符のことを、



「あり得ない幸せのチケット」




そう呼ぶこともある。









わたしは今年、無事にそれを手に入れることが出来た。




レポ的なものに関しては、わたしなどより詳細に記憶し記述していらっしゃる方が居るはずなので、
わたしは二宮担としての感情に任せた記述をさせていただきたい。









公演が始まり、Sakuraが流れて5人の姿が見えた瞬間、わたしはあろうことか、





遠い。






そう思ってしまった。

最近続けて入らせていただいた現場(これについてはまた別の記事で書かせていただきます)に慣れすぎていたようで、こんなにも衝撃を受けたのが自分でも信じられなかった。


最初、なかなか目も心もピントが合わず、呆然とした時間が数秒あった。しかし、サビのダンスで、はっきりと捉えた。

二宮くんの姿。

目と心と、両方のフィルムに映った瞬間。


あぁ、これだ。


そう思った途端、なんだか懐かしさのような気持ちと、とめどないだいすきの気持ちとが溢れてきて、胃のあたりが痛んだ。

始まった… 1年に1度きりの、大切な時間が。



歌って踊っているだいすきな人のいちばんだいすきな姿を直接見ることができるのが、1年のうち今だけであること。
来年や、その次も、できるとは限らないこと。
日頃から思っているけれど、より一層そんなことが脳内で反芻される。

もちろん、どんな現場だって、その日その瞬間というものに関しては一度しかない。
でも彼らに関しては、「一度」の重みがそのままの意味の「一度」なのだ。

かけがえのない「特別」が、ここにはある。






そして、割とまだ序盤、こうして気持ちが高ぶっている中、曲の途中で二宮くんだけスッといなくなった。

ソロ曲が来る。




ステッキを持った二宮くんが現れた。

魔法使いのようにステッキを振り回すし、タップダンスを始める…
そして、曲へとつながる。

彼がパフォーマンスを始めると空気が変わる。
誰もが(少なくとも二宮担はあっという間に)彼のまとう空気の一員となるくらい、引き込まれるのだ。

しかしそんな彼自身は、「曲に入り込もう、役を作ろうという意識はない」という。

無意識のうちに、見ている者聴いている者は彼の世界観に包み込まれる、そうしようという強い意図は、彼の様々なコメントからは感じられないのだが…

今回1年ぶりに体験したこの世界観。
完璧だった。
いい意味で、コンサートの中で独立した「ワンダーランド」。
何なんだろう。
わたしはまだ自分の中で処理しきれていないというのが正直な感想だ。






ソロ曲と同等に、彼の真骨頂といえるべきシーンがあった。


「インザルーム」。


簡単に言えば、とても色っぽい曲。
歌い出しが二宮くんで、期待値も高かった。
本当に残念なことに、二宮くんが完全に隠れる席だったため、モニターでしか確認できなかったが、

そのパートを歌いながら移動する二宮くんは、
世界一かっこよかった。

曲の途中でも、鏡と向き合いながら踊るシーンには魅了された。



二宮くんのソロ曲で、「虹」と並ぶほど有名なのが「Gimmick Game」という曲だが、
これに匹敵するほど、インザルームを歌う二宮くんは色気のかたまりだった。

しかも、中盤のフェイクのところで、声に思いっきり力を入れてこぶしの入ったような歌い方をしてきたからもう、意識が吹っ飛びそうになったのを覚えている。

誤解を恐れずに言うが、彼は決して高身長イケメンなどではない。
しかし、こういった色っぽい曲を歌う二宮くんは、
全世界が惚れるほどかっこいい。
表情、視線、仕草、そういった一つひとつが作り出す、濃厚な雰囲気。
あの雰囲気は誰にも出せない。唯一無二。

久しぶりにまた電撃が走るような刺激を味わったひと時だった。






そして、わたしの感情が涙となって溢れ出した瞬間が来た。

和服に身を包んだ5人が傘を持ってパフォーマンスを始め、流れた曲は「Japonesque」。


センターをはって妖艶に踊る二宮くんの姿がそこにはあった。

「体が小さい分、体全体を使って表現するように」というアドバイスを今でも守っているという。

しなやかで、指の先、視線、全てを駆使して表現する彼のパフォーマンスは、まさに日本の美を象徴するかのようだった。

そして、大サビで二宮くんのソロパートが来る。










もっと   
ずっと   
華やかに打ち上げよう  …















4万人を収容した福岡ヤフオクドーム全体に、
大好きな人の声が響き渡る。











かっこいい。







誇らしい。








惚れた。



とっくに惚れてるけど。











わたしはこの人が大っ好きだ。



二宮くんと過ごすこの時間が、空間が、

泣きたくなるくらい

一番大事なものだよ…





そう思った瞬間、涙がスーッと流れた。









コンサートの最後に、嵐が結成された1999年の11月3日から、
今の時間まで時間が進んでゆく演出があった。







彼らと刻んできた時間は、
自分の事情のせいで、古株といえるほど長いものではない(これについては以前の記事で書かせていただきました)。




それでも、彼らを応援すると決めた2008年からのたくさんの思い出、
助けられたたくさんの瞬間、
そんな一つひとつが一気に思い出されて…




そして今の日付が表示されたとき、こうしてこの瞬間に、
今日という日も、大事な思い出の1ページになったんだということが認識されて、また涙が止まらなくなった。














「いつ、誰と入るか」
「何公演行くか」
嵐の現場では今や、そんな話は夢のまた夢。
決まった相方さんと、1公演入れるか入れないか。


当たり前になったドーム公演。
数年連続の国立競技場でのLIVE。
ハワイでの15周年記念LIVE。
これでもかというくらいの、
たくさんの「夢の世界」を彼らと一緒に見てきた。


もう遠くなってしまった彼らの姿。
わたしたちは、それを見つめることしかできない。
…でも、そうではないのだ。
遠くに見える5人の背中に一筋の涙を流しそうになるファンが居たら、
気づけば彼らは後ろに回って、
ポンと肩を叩き、



「俺らはいつでもここにいるよ。」




そう微笑んでくれる。
そしてまたあっという間に遠くまで駆けてゆく。
大きなぬくもりを残して。


彼らの声に気づかずに、遠くを走る彼らの背中に自らも背を向けて、別の道を歩き始めるファン、
彼らの声に自ら別れを告げ、新たな道へと進むファン。

正直少なくないと思う。
それを否定するつもりは一切ない。
それも一つの道であるし、わたしも掛け持ちということをさせていただく運びとなっているのだから、気持ちは痛いほどわかる。


でも、わたしはやっぱり離れられない。全力で追いかけていた頃と、熱量は変わってしまったけれど。

わたしの心にこれまでなかったようなあたたかいものを流してくれた。
折れそうな時、背中を押してくれた。
かけがえのない友人に出会わせてくれた。
そんな、彼らがくれた初めての感情。
たくさんの瞬間。たくさんの奇跡。








これからも、彼らと同じ明日を生きたい。









「時代が巡り 時間が流れて 
違う明日を追いかけても 
きっと いつか この道に戻るよ 
僕ら ずっとひとつ We're walking on the road 
”僕らがつないでいく”同じ道を」


応援できなかった時代があったぶん、決して彼らのもとを離れることなく応援してゆくことを決めた日。

最初は苦手だったはずの「掛け持ち」をすることになって、
わたしが歩いているのは思い描いていたものとは「違う明日」なのかもしれない。


でもやっぱり、ここに戻ってくるとほっとするんだ。
彼らの歩く遥か後ろでもいい。
どんなに小さくなったとしても、
彼らの変わらないその背中を、



いつまでも、いつまでも、見つめていたい。