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夢の途中

だいすきなひとたちにしあわせがふりそそぎますように。

なんでもできることと、器用貧乏。


何でも挑戦させてくれた両親のおかげで、
わたしは小さい頃から、いろいろなことに取り組んできた。



勉強はもちろん、ピアノや、絵や、手芸や、料理や、水泳や、ボーリングや、アイススケートや。

だから、いろいろ比較的いろいろなことが、おしなべてできるほうだった。

外で遊ぶのもすきだったので、運動も得意な方だった(球技だけはめっぽう苦手だったけれど…)。




中学高校に上がっても、

やるとなったらなんでも丁寧にやる方だったので、絵は県のコンクールの佳作程度には選ばれることがあったし、

硬筆や作文でも何度か入選した。


家庭科でも、作品をほめられることが多かった。




女子の中では足が速い方だったので、運動会でもリレーの選手に選ばれたりした。

仲間で遊びに行っても、スケートでもボーリングでも難なくこなした。












でも、

わたしにはコレだ、


っていうものがなくて。







絵も、独創的なセンスや突出した技術があるわけじゃないから、大賞なんてもらえない。


ピアノも、練習にたくさんの時間を削るほど努力ができなくて、コンクールはいつも中途半端な結果で。


リレーに選ばれたって、陸上部並みに足が速いわけではないから、選手の中ではぜんぜん活躍できなくて。



わたしってなんでこんなに中途半端なんだろう。

なにか、自分にしかないものをひとつ、見つけたい。

でも、ちょっとやってみたらなんとなく形になってしまうから、
特に極めようという努力もせずに、また次に興味がうつってしまったりして。



子どもがすきで、勉強などを丁寧に教えることがすきだったから、
いまの仕事は自分に向いてると思ってるし、すきなことを仕事にできてしあわせだとも思ってる。


でも、いまだに、
うまく言えないけれど、芸術的ななにか?で、自分を生かせる場がないかなぁって、考えたりしてしまう。









と、自分の話ばかりしてしまいましたが。





一般人でもこうなのに、芸能界の人たちってどんなに悩んでるんだろう。









前、西内まりやさんが、自分の個性ってなんだろうって、涙ながらに話していらっしゃるドキュメンタリーを見た。



歌手としても活動を始められており、
さらに、彼女は歌うだけではなく、オリジナルの曲まで作って披露されていた。

学生時代の話も紹介されていたが、

もともとバドミントンがとても強かったらしく、その道のお誘いもあったそうだ。




わたしからすれば、

美人で、スタイルがよくて、
バドミントンが強くて(ちょっと強い程度ではなく、引き抜きがあるほどに)、
歌がうまくて、曲も作ることができて、
芸能界でデビューして注目されて。


何に悩むの?もう十分自分を確立されてるのではないの?


と言いたくなるほどだった。








でも、彼女の涙は、
わたしと同じように、自分らしさを探しもがき悩む姿そのものだった。



わたしなどとは格が違うけれど、
彼女もまた、器用に何でもこなす中で、何が自分らしさなのかを必死に見つけようとしているように思えた。

ジャニーズでもそうだろう。

デビュー組でも、Jr.でも、何でもこなす器用なメンバーというのが必ずいる。


歌やダンスはもちろん、
ギター、ドラム、ピアノといった楽器ができたり、ファッションやアートのセンスがあったり、演技が上手だったり…



すでに才能に溢れた人たちの中で、自分にしかないものを見つけ、

発信して、

その光をたくさんの人に見つけてもらう。

すでに光輝いている人の集まりで、自分という光を見つけてもらうためには、
よほどその色が独特だったり、
その差し込み方が鋭かったり、
逆に柔らかかったり…
「他と違う」何かを伝える光じゃないといけない。

どんなに難しいことだろう。





もちろん、ジャニーズに入ったという時点で、彼らは自分にはコレだという道を見つけたわけであって、
すでに「輝いて」いるのだけれど、

その輝きの集団の中で、
こういう自分にしかない光を見つけて、
それをさらに、世間の多くの人にも見つけてもらうのは、
どんなに大変なことだろう。











オールマイティーにこなせるということは、可能性が広がるということでもあるかもしれない。
しかし、おしなべて何でもできること、それは世間一般に言う器用貧乏というもの。

ほんとうに強いのは、何かひとつキラッと輝けるもの、打ち込めるものを持っている人なのかもしれない。

そう思って、わたし自身悩んだ時期もあった。


でも、人は誰しもオンリーワンの存在なのだから、どんな人も他の人の代わりにはならないし、
自分と同じものを持っている人はいないわけで。
だから、どんな人にも、
何かその人にだけ、っていうものが必ずあると思う。
一般人のわたしたちにとっても、それを見つけていくことが、生きるっていうことなのかもしれない。


でもそもそも、

なんでも器用にこなせるということ自体が、

特技のひとつ、個性のひとつ。

最近はそう捉えている。








わたしは、先に述べた「なんでもできる」「器用」なタイプのメンバーを好きになることが多い。

その中には、器用なことを生かして活躍しているメンバーもいる。

しかし、まだ、
せっかくの才能が、光が、
(勝手なわたしの判断で申し訳ないけれど)まだ見つかっていない、
そういうメンバーもいる。

わたしは、そういうメンバーに、
もっともっと、機会が与えられて欲しくて。
きっと、まだ見たことのない光を放てる人たちだと思うんだ。

そんな光を見たいと、ずっと願っている。


そして、わたし自身も、自分という光を見つけたいなと、
素直に思えるようになってきたのは最近だ。

彼らの姿を追いかけながら、
わたしも自分なりの輝きに出会いたいと思う。