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夢の途中

だいすきなひとたちにしあわせがふりそそぎますように。

ソングス・アンド・リリックスを読んで〜前編

⚫︎歌詞の役割
音楽における「歌詞」の意味、役割とは何なのだろう。わたしはずっと考えていました。

もちろん、楽器で演奏されるクラシックや、ジャズや、そういった詞のない曲も立派な曲として、音楽として存在していて、
そう考えると、メロディーがあればそれは音楽なのだから、詞は音楽において主役とは呼べないのかもしれない…。

実際、友人の中にも、曲の詞はほとんど気にしていないという人もいます。しかし、わたしは音楽と同じだけ「言葉」というものが好きで、

もちろん言葉にできない想いがたくさんあることもわかっているのですが、だからこそ音楽とともに存在する「歌詞」だからこそ表現できるものがあるんじゃないかと思って。
 

わたしが2~3歳くらいの頃に、両親が小さなキーボードを買ってくれました。すると、耳で聞いたいろいろなメロディーをなんとなくつかんで、キーボードでポロポロと弾きはじめたそうで(わたしははっきりと記憶していないのですが)、
そんなわたしを見て、母は迷わずピアノを習わせることを決めたそうです。

それがわたしの音楽との出会い、始まりでした。それから、ピアノを通して、たくさんの音楽と触れ合いました。発表会やコンクールに出るだけでなく、学校のイベントや所属した合唱団では、伴奏の機会を数多くいただきました。

ピアノソロと違い、伴奏はあくまで歌が主役です。だから、伴奏はそのことを意識しなければならない。目立ちすぎるのはよくない。

でも、常に控えめに弾くのではなくて、
曲が盛り上がるところでは伴奏がその前兆を表現していたりするので、そのパートは歌い手が感情を乗せやすいようにはっきりと弾いたり、
絶妙なタイミングでクレッシェンドをかけたり、
リズムや曲調が変わるところは弾き方をガラッと変えることで歌を導いたり、
ソロ状態となる前奏や間奏は、印象的に、かつ次に来る歌の雰囲気や世界観につながるように…
ピアノソロ以上に気を遣うところが多く、でもそういったことを気にかけながら歌に寄り添って曲を紡いでいく伴奏者という役割が、わたしはとても好きでした。
 

そんな中で、音楽における歌詞の役割も、ある意味伴奏と似たようなところがあるのではないかと思うようになりました。

メロディーありきの音楽。そのメロディーに寄り添って、メロディーと肩を組んで、存在するもの。
ひとりよがりに目立ってはいけない。しかし、その歌詞があることで曲が輝きを増す、印象的なオリジナリティーのあるものである必要がある…
でも、伴奏は脇役であるのに対し、歌詞は脇役ではなく、メロディーという主役とタッグを組むようなものなのでは…
 
そんなことを考えていると、ある仲良くしている友人から、趣味で作詞作曲をしているという話を聞き、その話題で盛り上がるようになりました。
これまで歌詞というものについて考えていたことは、作る側の立場で見ることで、より難しさを増しました。しかし、その分だけ、歌詞というものにより一層興味を持ちました。

心に残る特徴がなければならない。でも、特殊な人にだけ読み取ってもらえるようなものではならない(もちろんそういった狙いのものも存在するとは思うのですが)、特別ではあっても特殊であっていけない。

リスナーの共感を得られる、つまりだれにでも自分と重ね合わせて考えられる部分があり、なじめる。それでいてインパクトやオリジナリティのある歌詞とは…
 
 
 
大好きな作詞家さんの、zoppさんが出版された「ソングス・アンド・リリックス」。そのヒントとなる言葉にたくさん出会わせていただきました。
 
 
⚫︎歌詞が伝える想い
まず、歌詞のメッセージ性というものについて考えさせられたのが、洋楽の詞について書かれていたこの部分でした。
 
『たとえばハードロックバンドの歌詞はこうだ。主人公は平凡な少年だった。彼の隣の席には親友が座っていた。ある朝、主人公が学校に行くと、隣の席が空いていた。
先生がやってきて、昨夜親友が亡くなったことを聞かされた。
なぜ死んだのか、どうやって死んだのかは歌詞中には描かれていない。
しかし、その事実を知った主人公の少年は、子供ながらに命の儚さを知る。
そして今、この瞬間生きていることに感謝しなければいけない、と痛感する。
当たり前なことなんて存在しない。太陽だって明日になればもう上ってこないかもしれない。
今日という一日を大切にしなくてはいけない。必死に生きなきゃ。

日常生活を描く中に反戦のメッセージを間接的に伝える歌詞。
綿密に計算されているようにも感じるし、衝動的に書かれたようにも思える。
明の胸は感動で激しく震えた。そしてこの感動を、感覚を、自分も誰かに伝えたい、と漠然とながら思った。』
 

人間にとって大切なこと。
社会問題。
言葉だけでは伝えるのが難しくとも、それを音楽にのせることで、伝わる想いがある。
伝えなければならない真実、
伝えたい気持ち。
薄っぺらく流れてゆくだけでは伝わったことにならない。

そういった大切なものが、歌詞としてなら、本当の意味で、人の心に伝わる。
もちろん、メロディありきの世界。でもその中で、歌詞の果たす役割は、とても大きいものだと痛感しました。
気付けばわたしも明になりきっていて、心の底から同じような感情が湧き上がってくるのを感じました。
これが、共感というんだ、
そんなことを、この本で久しぶりに実感しました。
 
 
インパクトとは

『耳に残る言葉がない歌詞。
まるで幕の内弁当のような。
どの具材も平均的な見た目と味で、食べたあとに印象が残らない。
したがってどんな弁当だったか思い出せない。』

『だって、職業作詞家が書いてくる歌詞って、どれも同じような内容や言葉の羅列で、まるで金太郎飴みたいだもの。』


『平歌を手抜きしているように映るが、これはあくまでも最重要箇所であるサビを目立たせるため、あえてそうしているのだ。フランス料理でいう前菜やスープのような存在だ。』

『コンペは合コンと同じで、第一印象が重要です。この時、楽曲を女性で例えると分かりやすいでしょう。メロディは心、歌詞は体、タイトルは顔です。』

インパクトというものについて、ずっと考えていても今一つ漠然としたままだったわたしにとって、
用いられている例えが大変わかりやすく、興味深いものでした。

女性に例えている話は、
「業界に精通している人がそんなに多くなくなってきてる分、メロディのことは専門的すぎて判断しづらい。
だからメロディは心。
その分歌詞は、誰にでもわかって良し悪しが言える。体は一目で太っている、痩せている、とわかるように、歌詞のことは誰にでも具体的に話せる。」
といった説明が付けられていました。
 
 
歌詞として成立させるためには、このような心構えが必要なのだ…それが具体的に脳内に広がった気がしました。

伝えたい想いを一方的に述べても、それはただの自己満足になってしまう。相手に興味を持ってもらわなければ、その思いを知ろうともしてもらえない。

見た目でまず惹かれるものがないと、なかなか深く知ろうとは思えないもの。そして、惹かれるか惹かれないかは、じっくり決めるものではなく、ほぼ第一印象によるもの。
しかも、第一印象は、全体、全てに対して抱くものというよりは、これだという心掴まれるものがないと強いものとはならない。

そのために、ここだというところを際立たせる。作品自体のもつカラー、魅力を集結したような場所。
それが、インパクト…

わたしは、目から鱗でした。

⚫︎感情の表現、心と風景のリンク
 また、物語の中で、強く惹かれたのが、登場人物の感情の表現でした。

『怒りが明の胃の底からはいのぼり、喉元が熱くなるのを感じる。ここで真実を、怒りをぶちまけても仕方ない。明は喉に力をこめて堪えた。』

『胸の奥で複数の蛇たちが絡み合っているような、そんな形容しがたい感覚に陥っていた。』



描かれている様々な人の人生。
この本の中で表現される登場人物の感情がとてもリアルで。
上で挙げさせていただいた、明の怒りに震える気持ちや、MISATOの正体を知った明の気持ちや、中村さんが夢やぶれて人混みに消えていく姿や…

わたしたちがなかなか経験できない業界で生きている人たちの感情であるのに、
そのどれもが私たちの日常の等身大で、共感でき、それでいて独特の表現がされていて。
まさに、「歌詞」のようだと思いました。


また、もうひとつ、印象に残ったのが、そんな渦巻く感情と、風景とのリンクでした。

『がらんとした車内を見回す。五十代だろうか、背広姿の男が眠っている。真昼間の車内で居眠りし、ハローワークの封筒を手に抱えている。リストラでもされたのだろうか。
先の見えない不景気という線路を走っているのは彼も自分も同じだ。彼は会社という列車の歯車だった。だが、古びた歯車は捨てられる。走行を妨げるだけだからだ。
不意に眠る男の顔が、老けた自分の顔に変わった。』

『今頃、両親や姉は何をしているのだろう。夜空を見上げる。星ひとつない黒い空が広がっていた。』


それから、

『木立の先に見えるのは星空のパノラマ。視界すべてが宇宙になるかのように思いが歌詞になってゆく。』

『メロディに誘われるように思いが溢れて言葉に変わる。
雨や日光を浴びた芽が、ぐんぐんと空に向かっていく。』

といった、想いが素直に言葉になってゆくシーン。
感覚が自分に乗り移ってくるような気持ちでした。


わたしたちは、ふと何かの感情がわいたときに周りを見る。
それが、ちょうどリンクしているのか、自ら共感を求めているのかはわからないけれど、
感情と風景のリンクは、わたしたちの日常でしょっちゅう起こっていることだと思います。

本の中で表現されている、様々な景色と感情とのリンクが、どれもとてもリアルで、明とともに同じ風景を見て同じ感情体験をしているかのような感覚に陥りました。