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夢の途中

だいすきなひとたちにしあわせがふりそそぎますように。

アイドルを応援すること。

 わたしはもともと合理的な人間だった。生産性のない事柄には時間もお金もかけなかった。

そして、友だちと休みの日に遊びに行ったりなどほとんどしない(というか、したくない)人間だった。

 

学生の頃は、特に高校時代はできるだけ家に早く帰りたくて、本当はムダな授業も受けずに自分で好きに勉強したかったし、もっとムダなクラスメイトとの実の無い会話をできれば回避したかった。

 

なんとなく寂しさは感じてはいた。

でも、これではいけないな〜と薄々思いながらも、気が合わない幼稚なクラスメイトたちの話は何も面白くなかったし、

なんでこんなにしょうもないことで盛り上がって、人をバカにして、善悪の区別もつかないような成長しかしないんだろうって思ってた。

 

部活だって、面倒すぎる人間関係の渦巻く、常識のない人の巣窟で、そういう人たちに負けたくないという屈折した理由だけで3年間続けた。

 

たぶん音楽がなかったら、心が折れそうになっていた瞬間が何度もあった。

そしていつの頃からか、とあるグループの曲を好んで聴くようになっていた。

それが嵐だった。

これが、当時わたしが全く生産性のないことだと思っていた「ジャニーズの応援」という領域に足を踏み入れた瞬間だったと思う。

 

生産性のないことによって、自分の将来にかかわる勉強が疎かになるのは嫌だったし、自分の能動的な趣味の時間が奪われるのはもっと無理だった。

 

しかし、志望校への合格を果たした時、わたしはその時代の終焉を迎えることとなった。

これまで抑えてきた気持ちが、「嵐が好き」という具体的なものとなって目の前に現れた。

大学時代という、おそらくいちばん時間を自由に使えるであろうタイミングもよかったのだ。

 

しかし、もうひとつ、爆発したものがあった。

嵐の人気だった。

瞬く間に国民的スターになった嵐。

やっと彼らとたくさんの時間を過ごしたいと思うまでになったわたしにとって、本来喜ぶべきその事実は、かなり残酷なことだった。

結局、あちこちコンサートに行って、「おたく」することは、できなかった。

 

 

それから数年後、大学時代から仲良くしてくれていた友人に魅力をたくさん教えてもらったことがきっかけで、関西沼に足を踏み入れることとなった。

もともと、大阪もお笑いも大好きで、ユニバや、なんば花月や、家族旅行の行き先に選ばれることが多かったその場所。

今となっては、現場のたびに、多い時では月に2度3度行く場所。まさかこんなに馴染みの場所になる日が来ようとは。

 

そして、同じグループや、メンバーを応援していることがきっかけで、たくさんの友だちが全国各地にできた。

 

あんなに友だちとの会話が好きじゃなかったわたしが、自分から喜んで出て行くようになり、自分を受け入れてくれる、心からホッとできる仲間との時間はかけがえのないものとなった。

 

 

当日の私が今のわたしを見たら、どんな顔をするだろう。

合理的だった自分。

休日は家にいることが多く、家族以外の人と顔を合わせる気にもならなかった自分。

人はこんなにも変わるのだ。

 

 

 

自分の人生には全く関係のない第三者を、こんなにも愛しく思い、まるで実生活の友だちや恋人かのように心から応援し、時に心配し、追いかける。

そんな「ジャニオタ」は外部からは理解されないだろう。

 

でも、彼らも自分と同じ人間で、もがきながら生きている。

 

人は誰でも、

「自分を活かしたい、輝きたい」

「自分の存在意義が欲しい、誰かの役に立ちたい」

という感情を、少なくとも無意識の中には持っているはずだと思う。

 

彼らもまたそんな人間の1人。

ステージの上で輝きたい。自分を見て欲しい。

お客さんに元気になってもらいたい。笑顔で帰ってもらいたい。

自分志向であろうと他人志向であろうと、そうやってもがきながら生きている人間の1人。

 

だから、彼らの夢に自分の夢を重ねる。

自分の好きになった人のその人生に関われるわけではないけれど、彼の願いが叶いますように、いつも笑っててくれますようにと、その他大勢の1人として、匿名の声を送り続けたくなる。

 

わたしのものとして名前がついてその声が届くことはほとんどないのに、

きっとわたし1人いないからその人にとって何って別に何でもないのに、

送り続ける。

 

 

すごく非合理的。すごく空虚。

 

昔のわたしなら、そう一蹴するかもしれない。するだろう。

今でも、事実としてはそうだろうと認める。でも、すごく、意味があることだと思ってる。

 


彼の人生が自分の人生と交わること自体は無い。

でも、彼の人生は、わたしの人生に関わってるんだ。本来なら自分の人生と関わることのなかった誰かの人生が。

彼の生き方からたくさんのことを学んだし、たくさんの感動をもらった。

たくさんの笑いも、たくさんの涙も、そして、それらを通して出会えた友だちとの時間も。

 

だから今日も、

"1人の男の子の物語"に想いを馳せる。

 

感謝の気持ちも、応援している声も、届かないけれど、

あなたが今日も笑っていられますように。あなたの大切な夢が、いつか花開きますように。